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僕にとってのファミレスは、なんだか懐かしい存在だ

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夕刊の文化欄には、定食評論家・今柊二による「ファミレスと私」が掲載されていた。
ちくま文庫の『定食バンザイ!』を読んで以来、筆者の定食関係の著作は、楽しく読ませていただいている。
「定食」にこだわった食べ歩きの記録は、同じく「定食」を愛する人間には、共感できる部分も多い。

その筆者の近作は、『ファミリーレストラン「外食」の近現代史』(光文社新書)。
定食からファミレスへと、外食の形態が少しずつ発展している。
さすがに「定食」だけでは広がらないので、「外食」全般を対象としていくのだろうか。

僕自身は、定食屋には関心が高くても、ファミレスは、どちらかというと未知の世界である。
もちろん、利用したことがないわけではない。
現代社会で生きているかぎり、ファミレスとの付き合いは、絶対に否定することができないに違いない。

学生時代に、もっともよく利用したのは、ハンバーグの「びっくりドンキー」だった。
札幌市内にも24時間営業の店舗がいくつかあって、深夜の休息に、仲間たちと出かけたものだ。
ファミレスの中でも、特に値段が安かったことも、よく利用した理由の一つだっただろう。

オーダーは、いつだって「レギュラーバーグディッシュ300グラム、ライス大盛り」だった。
ソースを別に注文すると、何となくツウらしく見えた。
薄暗い店内に、煙草の煙が充満していて、その中でガヤガヤと飯を食う場所というイメージ。

ちょっとお金があるときは、和食ファミレス「とんでん」へ行った。
そういえば、「とんでん」にも24時間営業の店舗があったような気がする。
深夜のドライブの途中で、ちょっと立ち寄って夜食を食べたりすることが多かった。

ちょっとしたトラブルがあって、女の子と喧嘩をしたことがある。
深夜の店で、彼女はボロボロと泣き続けていて、寿司に箸を付けることもなかった。
あのとき、どうして僕は、彼女に対して、もっと優しく接してやることができなかったのだろう。

24時間営業といえば、「ロイヤルホスト」だった。
何だか、いろいろな洋食があったけれど、何がメインなのか分からなかった。
時々、カレーライスを食べたけれど、コーヒーやデザートだけで利用することの方が多かったような気がする。

札幌時計台の正面にあるビルには、ちょっと高級な「ロイヤルホスト」があった。
入社試験で内定をもらったとき、何人かの内定者たちは、この店で食事をご馳走になった。
僕は、本当に、外食産業で働きたいと思っていたのだろうか。

彼女と二人のときには、「ステーキ・ヴィクトリア」へ行くことが多かった。
少しだけ高級なステーキを食べることで、女の子にちょっとだけ見栄を張っていたのかもしれない。
食べ放題のサラダバーやドリンクバーが新鮮だった。

値段が高いイメージがあったから、学校の近くに店舗があったのに、ほとんど入ったことがなかった。
バイト代の入った、ある深夜、女の子と二人で食事をしに出かけたら、知り合いのカップルが同じように食事をしていた。
ファミレスで知り合いに会うと、なんだか照れくさいような気持ちになった。

大人になった今、僕は、大きなファミレスで食事をするよりも、小さなカフェで食事をすることの方が好きになった。
自分の時間を、きちんと自分のために使っているという、少しだけ贅沢な気持ちになれるからだ。
それに、今の僕は、真夜中に女の子と二人で、デートをしたりすることもなくなってしまった。

そう考えると、僕にとってのファミレスは、なんだか懐かしい存在だ。
すぐ近くにあるのに、遠い昔の思い出ばかりが甦ってくる。
お金がなくても時間だけはたっぷりとあった、あの頃。

思えば、ファミレスというのは、いつだって、誰かが同じテーブルに座っていた。
女の子と二人きりのときもあったし、たくさんの仲間たちと一緒のこともあった。
そんな誰かの思い出の一つ一つが、僕にはファミレスの思い出へとつながっているのかもしれない。





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by kels | 2013-04-20 01:34 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)
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