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世論とマスコミ

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新聞を開けば、至るところに世論が溢れている。
誰かが辞任すべきなのか、元代表をどう思うか、政権与党を支持するのか。
世論は確かにあるんだろうけれど、新聞というフィルターを通して見る世論は、どこか色が被っているような気がする。
同じ光景を写真にとっても、プリントされてきた写真の色は、それぞれ微妙に違う。
カメラが違うし、レンズが違うし、フィルムが違うし、職人も違う。
一つしかないはずの光景が無限の可能性を生み出すのは、写真もマスコミも同じだ。

そのことに気が付いたのは、北海道の若者3人組がイラクで拉致監禁された事件のときのことだ。
あのとき、世論の大勢は3人組の行動を「無謀」「自己責任」などという言葉で批判し、社会的な騒動を巻き起こした責任を問う論調さえ見られた。
新聞の多くは世論を背景とした解説記事を展開したけれど、地元紙のある記事はそうした世論を強く批判する内容となっていた。

3人の行動を批判する世論は間違っている。

確かに、当時の3人に対する世論には強い偏りが見られたような気がしたことは確かだし、国民全体の右派傾向が突出していた部分もあったように思える。
けれども、公共的な役割をも担う新聞社が単なる社説を超えて世論を批判する記事を掲載したことに、僕は強い違和感を覚えた。
我々が本当に知りたいものは、事実としての情報であり、専門的分野に関する解説である。
極論だが、一新聞社の考え方なんてどうでもいいことだし、まして世論と相いれない新聞社の個人的な主張を読まされても、というのが当時の感想だった。

考えてみれば、数多くの情報が存在する中で、特定の情報を取捨選択し、見出しの大きさや記事の長さなどによって優劣を付ける行為は、多くの場合、新聞社の主観によって行われている。
細かいニュアンスによって自分の考え方を左右されるのだと思うと、新聞記事さえまともに読みたいとは思えなくなってくる。

大切なことは、必要な情報だけをきちんと見極める力を付けるということなのだろう。

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by kels | 2011-06-04 21:24 | 日記 | Comments(0)
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