<< 居間中心主義 12月 >>

ノルウェイの森

b0103470_2075191.jpg

オフィスの仲間たちと、一度だけスキー旅行に出かけたことがある。
就職して1年目の冬だ。
就職して2年目の冬に僕は会社を退職しているから、それが唯一の参加機会だった。
格別人付き合いが良いわけでもなく、同世代の仲間たちがほとんど参加しないスキー旅行になぜか僕は参加をして、同僚たちと一緒に真冬のニセコへと向かった。

ホテルに到着しても、僕はスキーに出かけるわけでもなく、温泉に入ったり、本を読んだりしてのんびり過ごした。
「スキー場まで来て、おかしなやつだな」と、誰かが言った。
「できないなら教えてあげるわ」と、親切な先輩が言った。
僕の故郷は山の中の炭鉱町で、家はスキー場のすぐ真下にあったから、スキーだけは物心付いたときから嫌というほど滑った。
他に、遊ぶべきものが何もない街だったのだ。

みんながスキーに出かけている間、僕は何度も温泉大浴場に入り、何も考えずに、ぼうっととしていた。
何も考えないということが、実に久しぶりだということに、そのとき初めて僕は気づいた。
どうでもいいことをあれこれと考えながらあくせく生きているのが、僕の人生だった。

風呂上がりには、村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだ。
あまりにも流行して、誰も彼もが良いと言ったその小説を読むのは、僕にはそれが初めてのことだった。
旅先のホテルで、一人になって読む「ノルウェイの森」は悪くなかった。

夕方、みんなで卓球遊びをして、酒を飲み、夜更けまで麻雀をした。
男も女も雑魚寝の一室。
みんな酔いつぶれた部屋を抜け出して、僕はロビーで小説の続きを読んだ。
寒くなったら、風呂に入れば良かった。

翌日もみんなはスキーに出かけ、僕は相変わらず温泉に入ったり小説を読んだりして、のんびりと過ごした。
1泊2日の旅行の間に、「ノルウェイの森」は読み終えてしまいそうだと思い始めた頃、突然、館内放送が僕の名前を告げた。
ロビーに行くと、女性の先輩が足を骨折したために、救急車で搬送されていくところだった。
仲間たちは、誰も事故に気がつかずに、まだ山の中で滑っているらしかった。
「大丈夫、心配することは何もありませんよ」と、僕は言った。
やがて、僕らは病院で応急処置の終わった彼女を連れて、札幌へと戻った。
「ノルウェイの森」は、もう少しのところで読み終わらなかった。

松葉杖の彼女をマンションの部屋まで送り届けてから、僕は自分のアパートの部屋へと戻った。
一晩留守にしただけですっかりと冷え切った部屋は、気温以上に冷たい気がした。
とりあえず、と僕は思った。
とりあえずはビートルズでも聴こう。
「ノルウェイの森」の乾いたメロディが、チリチリと音を立てながらレコード盤から流れてくるのを確認して、僕は小説の続きを読み始めた。

にほんブログ村 写真ブログ スナップ写真へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑↑
「スナップ写真ランキング」への参加を始めました。1日1回、クリックをお願いします☆
by kels | 2010-12-08 20:17 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)
Commented by nakky85 at 2010-12-08 20:50
あいかわらずカッコいいエッセイですねぇ・・・
Commented by kels at 2010-12-09 21:07
nakky85さん、こんにちは。
ありがとうございます。
思い込みと自己満足で書いています(笑)
<< 居間中心主義 12月 >>