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10月

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その年の10月半ばに、僕は長年住み慣れたオホーツク海沿いの小さな街を出た。
突然の引っ越しだった。
その夏、ニジマスやヤマメを釣りまくった僕は、そうした生活にいったん区切りを付けて、街を出ようと思いついたのだった。

9月の末に、札幌から友人たちが遊びにやってきて、僕らは丸瀬布町でキャンプをしながら、武利川で釣りをし、夜にはたき火を囲んで昔話をした。
「いつまでここにいるつもりだ?」
ふと、誰かが言った。
僕は何も答えない。
答えるべき答えが見つからなかった。
いつまでも、そんな生活が続かないだろうということは、僕自身にも良く分かっていたのだ。
「戻るべきときが来たら、きっと戻るのだろう」 と、僕は言った。
誰も、何も言わなかった。
抑揚のないBGMみたいな昔話が、再び始まっただけだった。

友人たちが帰札し、僕はまた街に取り残され、深まる秋の渓谷で、落ち葉を避けながら魚釣りを続けた。
深い夕闇の中で、僕はその日初めてのニジマスを釣り上げた。
冷たい水の中に手を入れて、ニジマスの冷たい魚体に触れたとき、僕の中でひとつの区切りが訪れていた。
「街に戻るべきときだ」と、思った。

小さな街を去るための手続きを、僕は半月かけて終えた。
新たに住むべき街を見つけ、古い街で知り合ったすべての人たちに挨拶をした。
最後の夕方に、僕がしたことは、「カーティス・クリーク」へ挨拶をすることだった。
深い夕闇の中、僕は僕だけの「カーティス・クリーク」に立ち、最後の魚を釣った。
いつかまたこの川で釣りをすることがあるだろうと、僕は思った。
けれども、そのとき僕はただの旅の釣り人にすぎない。
10月の闇がすっかりと訪れた渓谷で、僕は最後の魚をリリースした。


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by kels | 2010-09-28 22:10 | 日記 | Comments(0)
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