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超70年代スタイル

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昨日、ブックオフで見つけて買ってきた「超70年代スタイル」という本を読んでいる。
1964年から1999年までの日本のインテリアの変遷を写真で紹介しているもので、レトロ・デザインに興味のある者にとっては、なかなか楽しめる内容になっていると思う。
日本のミッドセンチュリーというのはイームズだけではないわけで、外国から影響を受けて誕生した日本的ミッドセンチュリーが、いろいろな形で生まれていた。
日本的に言うと、ミッドセンチュリーとは昭和30年代のことであり、昭和30年代的ライフスタイルが我が国のミッドセンチュリーということになる。
なんちゃってアメリカンみたいなものが溢れていた時代、日本はアメリカに追いつけ追い越せと必死に走り続けていたのだ。

仕事で疲れた頭を休めるのには音楽が最適である。
僕の場合、とことんまで疲れたときには、部屋の灯りを消して、ハリー・ベラフォンテの「ダニー・ボーイ」を静かに聴く。
夏が終わって少年が去っていく様子をぼんやりと想像しながら、冷たいグラスで喉を潤す。
「ダニー・ボーイ」だけでほとんどのストレスがすっと消えてなくなってしまうから不思議だ。
少し頭が復活したら、続けてアメリカの古いポップス・ナンバーを聴いてみる。
「家へおいでよ」「青いカナリヤ」「ママ・ギター」「町の小さな靴屋さん」。
オールディーズは心の中のノスタルジックな部分に何かを呼びかけているようだ。
サム・クックの「ワンダフル・ワールド」が流れる頃には、どうにか明日への活力みたいなものが蘇っている。

20歳くらいの頃、本気でジュークボックスがほしいと思っていた。
ドーム型をしてネオンライトがキラキラと光る、あのアメリカ的なジュークボックス。
琴似に「バンバン亭」という名のお好み焼きの店があり、その店では輸入品のジュークボックスを扱っていた。
僕の身長と同じくらいのジュークボックスには懐かしいドーナツ盤のレコードがびっしりと詰め込まれていて、僕らはコインひとつでお気に入りのオールディーズをリクエストすることができた。
1台が100万円くらいだっただろうか、そのジュークボックスをもちろん僕は買うことはなかったのだけれど、今でもジュークボックスに憧れてしまう瞬間がある。
そこだけは時間が1960年で止まったままの憧れのジュークボックス。

オールディーズを生バンドで演奏していて踊ることのできる店があった。
「ケントス」とか「最後の20セント」とか、そういった類の店だ。
「シェイク・ラトル・アンド・ロール」で幕が開けると、僕らは体が動かなくなるまでオールディーズで踊った。
「ジョニー・B・グッド」「のっぽのサリー」「監獄ロック」「悲しき街角」「サマータイム・ブルース」。
僕がまだ10代だった頃の話だ。
初めてススキノの「ケントス」に行ったとき、僕はサングラスをしているからといった理由で入店を断られた。
2度目からはサングラスを外してから受付をするようになった。
大学を卒業して、最初に勤めた会社を退職したときの送別会も、やっぱり「ケントス」だった。
周りの友人たちが変わっても、誰もがオールディーズを愛していたような気がする。

あれから随分と長い時間が経ち、相変わらず僕は古いポップスの虜だ。
時代遅れのままで時代が変わっていく。


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by kels | 2010-08-10 21:58 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)
Commented by イシダコウ at 2010-08-11 22:08 x
「超70年代スタイル」、面白そうですね。僕も探してみようかな。実家の応接セットが確かカリモク(刈谷木工)…両親が新婚の頃に買ったものですが状態がよく、狙ってます。実家にはDIATONE(ダイアトーン)のステレオもあり、カリモク共々「絶対捨てんでね(捨てないでね)!」と釘を差してます笑
Commented by kels at 2010-08-12 21:56
イシダコウさん、こんにちは。
実際に、我が家で使われていた家具だったら、ぜひとも受け継いでいきたいものですよね。
70年代のカリモク、大事に受け継いでください☆
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