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ゆとり

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正月も近いというのに季節感がない。
今年は随分と「季節感がない」ことを何度も感じた。
最初は、これは社会的な現象の一部だろうと考えていたのだけれど、本当は僕自身に「ゆとりがない」ことから起きている個人的な現象なのかもしれない。

「ゆとり」とか「余裕」というものは、暮らしの周りをきちんと見つめる上で、とても重要なものである。
そうしたゆとりがなければ、季節感を感じ取る感性さえ、まともに機能してはくれないだろう。
季節感とは、自分の五感を研ぎ澄ませて、積極的に感じ取るものであるとするなら、今の僕はやはり相当に余裕がなく、感性というものを徹底的に鈍化させてしまっているとしか言いようがない。

暮らしに余裕がない原因は、自分でもはっきり分かっていることで、自分の好きなことが思うようにできないストレスは、実際に感じ続けている。
まあ、こんな時代だから、生き抜いていくだけで大変なことは百も承知。
「ゆとり」は求めるものではなく、自分で作っていくものであることも、また確かなのだ。
来年は、もう少し余裕を持った生き方をしてみたいと思うわけなのだが、果たして。


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by kels | 2009-12-29 23:18 | 日記 | Comments(2)
Commented by サラリーマンレポート at 2009-12-30 01:21 x
同感です。ゆとりとは少し違うかもしれませんが、無駄も必要かと思います。無駄と思われることから新しい何かが生まれたり、そもそも無駄の無い生活や人生には潤いがありません。飲む・打つ・買うは潤滑油の役割を果たしているのかも。そう言えば潤滑油が切れたのか最近はどうも世の中がギスギスしている様にも。
Commented by kels at 2009-12-30 23:20
サラリーマンレポートさん、こんにちは。
ほんと、異議なしです。
無駄を許さない社会って、息が詰まるみたいで生きにくいですね☆
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