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海のない札幌に残る「軍艦岬」と南山鼻の農園


やがて雑木林を出外れると、急に視野がひらけ、意外にちかいところに高梨農園の白いペンキ塗りの二階建てといく棟かの平屋とが、あたりいち面の藤色の小さい亜麻の花に囲まれて建っているのが見えた。
亜麻畑のすぐ後ろには藻岩山の山裾が迫っていたが、それが引き裂いたような赤い岩肌の、高い崖になっていて、ちょうど船の舳先のように見えるので、この辺り一帯の山麓を人々は軍艦岬と呼んでいるのだということであった。

「北国物語」船山馨(1941年)

郷土を代表する作家である船山馨の「北国物語」は、札幌を代表する文学作品でもある。
昭和初期の札幌を舞台にした小説からは、当時の札幌が持つ詩情豊かな街の空気が伝わってくる。
言ってみれば、失われた世界が物語の中に閉じ込められているのだ。

東京から札幌へと転勤になった主人公は、従弟を頼って南山鼻へとやってくる。
従弟の家は、南山鼻で農園を営んでいた。
市電の電停まで十数丁も歩かなければならないこの土地が、物語の一つの舞台となっている。

その農園は、藻岩山の山裾である「軍艦岬」が切れるところにあった。
現在ではもちろん住宅街となっているこの辺りも、当時は広い農園が広がっていたのだろう。
山鼻川の畔を歩いていると、秋の物寂しい風景に70年以上も昔の札幌の景色を思い重ねてしまう。

「軍艦岬」の名前は、時代を超えて今に伝えられている。
石山通を南区に向って走っていったとき、藻岩山の山裾は、嫌でも目に入ってくる景観だ。
藻岩山と豊平川とが、まるで衝突しそうになったところは、札幌の一つの景勝地と言えるかもしれない。

おそらく、海のない札幌にただ一つの「岬」だろう。


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# by kels | 2014-10-26 06:38 | 札幌のこと | Trackback | Comments(0)

北大の銀杏並木には、たくさんの見物客が集まっていた


自動車で北大を訪れたときには、北大病院の駐車場に車を止めることが多い。
銀杏並木を観ようと思って、久しぶりに北大に到着してみると、病院の駐車場は使えなくなっていた。
病院利用者のための駐車場なので、観光利用はお断りということで、まあ、もっともな話ではある。

まだ早朝に近いほどの早い時間帯だったけれど、銀杏並木にはたくさんの見物客が集まっていた。
銀杏にはまだ青い木もあるものの、ほぼ見頃と言っても差し支えない雰囲気だ。
歩道の落ち葉が少ないところを見ると、ピークはこれからなのだろう。

僕は落ち葉に埋もれた秋の道が大好きなのだ。
ここの銀杏並木を見に訪れたときも、空を見上げるよりも道端を覗きこんでいる時間の方が長いくらいだ。
来週末には地上が金色の葉に覆われた風景を見ることができるに違いない。

並木道は普通の自動車道路なので、路上で写真を撮るのは危険である。
自動車が走ってきているのに、堂々と車道の真ん中で写真を撮り続けている人たちを見ると、ちょっとハラハラする。
あんまり迷惑行為が続くようだと、おかしな規制がされないとも限らないからだ。

ちなみに、11月2日(日)に限っては、北13条通りが一般開放される。
道路の中から写真を撮りたい人は、この日がお勧めである。
家族連れでのんびりと銀杏並木を散策するにもぴったりだろう。


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# by kels | 2014-10-25 21:58 | 秋のこと | Trackback | Comments(0)

大通公園を歩いていて、ふと思った。街がすっかりと秋色になっている、と。


大通公園を歩いていて、ふと思った。
街がすっかりと秋色になっている、と。
いつの間にか、季節は粛々と移り変わっていたらしい。

もちろん、街の紅葉が始まっていることは、僕にも分かっていた。
だけど、気が付いた時の街は、あまりにも深い秋の中にあった。
薄い絵の具を塗るように、街は毎日少しずつ少しずつ秋色に染まっていたのだろう。

考えてみると、もう10月の下旬である。
いつ初雪が降ってもおかしくない季節である。
街が秋色濃く染まっていたとしても、何の不思議もない。

秋の街を観ながら、秋の景色がこんなにも美しいものだということを、僕は改めて知った。
毎年のように眺めてきているのに、どうして、こんなに新鮮な感動を覚えてしまうのだろう。
街の色は確かに鮮やかで、そして、生まれて初めて見るかのように斬新だった。

その理由は何となく分かっている。
秋の街の風景は、あまりにも刹那的で、あまりにもはかないものだからだ。
日々少しずつ色彩を変えていきながら、秋の風景はあっという間に過ぎ去ってしまう。

長い季節を雪の中に閉じ込めてしまう冬の風景とは違って、秋の風景は一瞬だ。
それだからこそ我々は、街に訪れた秋の風景にさえ感動を覚えてしまうのだろう。
明日の街は、今日の街とはきっと違う風景を見せているのだから。


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# by kels | 2014-10-24 20:18 | 秋のこと | Trackback | Comments(0)

美香保公園が札幌オリンピックの会場だったことを、どれだけの人たちが知っているだろうか


美香保公園は1942年(昭和17年)に札幌初の都市計画に定める公園として計画された公園です。
計画決定当時は野球場やグラウンドを積極的に配置する運動公園的な公園とすることが予定されていたほか、空襲の際の避難地となる防空緑地となることが期待されていました。
戦後、グラウンドの整備が始まり、1972年(昭和47年)の第11回冬季オリンピック札幌大会ではフィギュアスケート競技(規定)の会場として使用されました。

「美香保公園の歴史」公園設置の解説版より

札幌オリンピックなんて古い言葉だと思っていたら、最近になって頻繁に聞くようになった。
「夢よ、もう一度」とばかりに、札幌オリンピックの再現に向けた誘致運動が活発化している。
実現したら凄いことだと単純に思ってしまう。

それにしても、以前の札幌オリンピックから既に40年以上が経過している。
当時20歳だった人たちも60歳を超えているわけで、時の立つのは本当に早い。
札幌オリンピックが歴史の一頁になってしまっていたとしても、何の不思議もないわけだ。

逆に言うと、かつての札幌オリンピックを知らない世代が多くなったということでもある。
美香保公園が札幌オリンピックの会場であったことを、どれだけの人たちが知っているだろうか。
公園で遊んでいる子供たちのお母さん世代は、案外知らないかもしれないなと思った。


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# by kels | 2014-10-23 21:46 | 札幌のこと | Trackback | Comments(2)

森田たまの随筆には、母校である北海道庁立札幌高等女学校の話がよく出てくる


私たちの学んだ庁立札幌高等女学校というのは、当時北海道で唯一つの公立女学校であったから、全道の優良児がこぞって受験し、小学六年(当時は高等二年)から入学できるのはほんのわずかで、大ていは二、三度落第の経験を持っているからだった。
ちょうど東京の一高でも受験するようなせまき門であったが、その代わり校舎の設備もよかったし、先生の質もよかった。
理科教室は階段式であったし、音楽室にはピアノがあって、音楽学校出身の若い女の先生が、ドレミファなどとは言わず、アーアーアーアーで音階を教え、楽譜を読ませた。
裁縫教室も椅子で、大きな裁ちもの机を一人ずつ与えられ、ミシンもあった。
これは当時の北海道長官園田安賢氏が、二年にわたって海外視察をした結果、北海道の女子に高等教育を受けさねばならぬと考え建てた学校で、創立はたぶん明治33年であったかと思う。

「明治の女」森田たま(1967年)

森田たまの随筆には、母校である北海道庁立札幌高等女学校の話がよく出てくる。
厳密に言えば、森田は同校を退学しているので、母校とは言えないのかもしれない。
退学しているにせよ、学校に対する深い愛情が文章からしみじみと伝わってくる。

最近の若い人たちに「庁立札幌高等女学校」と言ってももちろん分からないだろう。
一番分かりやすい説明は、現在の札幌北高校の前身となった学校である、ということだ。
戦後の男女共学制度が始まったときに、札幌高等女学校は札幌北高校へと名前を変えた。

今の札幌北高校と同じように、庁立高女(人々はこう呼んだ)も名門校だった。
上の随筆にもあるように、相当の狭き門だったらしい。
庁立高女の出身者たちが、母校を誇りに思う気持ちも理解できようというものだ。

さて、この庁立高女、当時は北2条西11丁目にあった。
現在は札幌市立大通高校が建ち、数年前までは札幌市立大通小学校があった場所である。
明治時代から、この場所は学問の地としての歴史を刻み続けてきたのだ。

現地に残る記念碑を眺めていると、歴史の重さをひしひしと感じる。
明治、大正、昭和、平成と塗り重ねられてきた教育の歴史の重みとでも言うべきか。
きっと様々な子供たちの様々な思いが、今もこの場所には残されているに違いない。


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# by kels | 2014-10-21 19:42 | 札幌のこと | Trackback | Comments(2)
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