本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。

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君はぼくを買ったんだよ、テリー。
なんとも言えない微笑や、ちょっと手を動かしたりするときの何気ない動作や、静かなバーで飲んだ何杯かの酒で買ったんだ。
今でも楽しい想い出だと思っている。
君との付き合いはこれで終わりだが、ここでさよならは言いたくない。
本当のさよならは、もう言ってしまったんだ。
本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。

「長いお別れ」レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳(1953年)


とうとう「長いお別れ」を読み終えてしまった。
これで、清水俊二の訳による一連のフィーリップ・マーロウ・シリーズは終わりである。
最後に「長いお別れ」を読んで、本当に良かったと感じている。

チャンドラーのマーロウものは、若い頃から繰り返し読んできた愛読書だ。
ただ、このようにシリーズものを続けて一気に読むのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
おかげで、この1か月の間、仕事で忙しいながらも、非常に充実した時間を過ごすことができた。

「長いお別れ」は、僕にとって、あらゆる文学作品を通じて特別だと思える小説のひとつである。
そもそも、若い頃から、大人の友情をテーマにした文学作品が好きだったような気がする。
「長いお別れ」も、また、大人の友情をテーマにした、優れた文学作品なのだ。

せっかくの機会なので、ここから先は、村上春樹の翻訳によるマーロウ・シリーズを読んでみようと思う。
最初の一冊は、昨日、清水訳を読み終えたばかりの「ロング・グッドバイ」である。
清水訳で得られた感動を、村上訳は与えてくれるのだろうか。

もっとも、僕は村上春樹の訳によるマーロウ・シリーズは、既に一読済みである。
一読した限りでは、文学作品としての感動は、古い時代の翻訳の方が勝ると思った。
今回は、じっくりと、村上春樹の文章と向き合ってみたい。

# by kels | 2017-07-17 17:41 | 文学 | Comments(0)

全道的には、3日連続猛暑日とか、11日連続真夏日とか、騒がれている

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札幌は昨日も真夏日となった。
今月2回目の3日連続真夏日である。
ちなみに、1回目は7日から11日まで4日連続の真夏日となっている。

確かに7月としては、かなりの暑さだ。
全道的には、3日連続猛暑日とか、11日連続真夏日とか、騒がれている。
ちなみに、7月の3日連続猛暑日は1989年以来、11日連続真夏日は1994年以来。

昨夜も蒸し暑い部屋を脱出して、夜の街に出たけれど、街の方が暑いくらいだった。




# by kels | 2017-07-16 07:55 | 夏のこと | Comments(0)

最近、小説は外国の古いハードボイルド小説しか読まない。

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しっかりしていなかったら、生きていられない。
やさしくなれなかったら、生きている資格がない。

「プレイバック」レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳(1958年)


6月の下旬に何となく「プレイバック」を読み返してから、清水俊二翻訳のマーロウシリーズにハマってしまった。
結局、「高い窓」「湖中の女」「さらざ愛しき女よ」と読了し、本日から最後の「長いお別れ」に取りかかるところ。
いずれも昔から書棚にキープしているものだが、今回も新鮮な気持ちで読み通すことができた。

最近、小説は外国の古いハードボイルド小説しか読まない。
大人になったということなのだろうか。

# by kels | 2017-07-09 07:16 | 文学 | Comments(0)

古いレシートのために買った本を、僕はもうすぐ読み終わろうとしている

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こんなことをいうと、君は帰ってしまうかもしれない。
僕はここで夢を見たことがある。
一年半前のことだ。
その夢がどこかにまだ残っている。
そっとしておきたいんだ。

「プレイバック」レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳(1958年)


古本屋でチャンドラーの「プレイバック」を見つけた。
表紙をめくると、この小説を買ったときのものと思われるレシートが挟まっていた。
レシートと一緒に、僕は「プレイバック」を買った。

古本の中には、実にいろいろなものが隠されている。
書きかけの離婚届や女子大学生の卒業旅行の写真。
僕は、ずいぶんいろいろなもの(あるいは誰かの人生)を、古本の中から発掘してきたような気がする。

レシートは、エイトビル地下の旭屋書店のものだった。
昭和61年3月12日のことで、計4冊の文庫本を購入している。
「プレイバック」は、そのうちの一冊だったのだろう。

それにしても、エイトビルという言葉も旭屋書店という言葉も、既に札幌からは失われてしまった。
そして、昭和61年という言葉も。
まるで、閉じ込められた記憶のように、レシートは古本の中で時を止めていたのだ。

古いレシートのために買った本を、僕はもうすぐ読み終わろうとしている。


# by kels | 2017-06-24 07:22 | 本・雑誌・古書 | Comments(0)

とりあえず、シングルCDは、まだマキシシングルと呼ばれる小さなCDだった

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年上だろうが バツイチだろうが 不良が好きだから
波さえ良ければ 機嫌がいいのは あいつも同じ
仕事も別で 住まいも別で 会いたいとき会えれば
一人だけの夜 たまにはいいよ さみしくないよ

「London-Paris-New York-湘南」ブレッド&バター(1994年)

夏が近くなると、ブレッド&バターを聴きたくなる。

1994年に発売された「London-Paris-New York-湘南」。
1994年のことについて、我々は何を記憶しているのだろうか。
とりあえず、シングルCDは、まだマキシシングルと呼ばれる小さなCDだった。

自社さ政権、たけしバイク事故、同情するなら金をくれ。
すったもんだがありましたね~(笑)

# by kels | 2017-06-24 06:51 | 音楽 | Comments(0)